環境配慮のメリットだけでなく、サプライチェーンが抱える課題や注意点も紹介します。
読み終えるころには、企業の取り組みを暮らしや社会との関係で理解できるようになります。
はじめに:経営の中核となるアディダスのサステナビリティ
最近、買い物をするときに「環境に配慮した素材」というタグを目にすることが増えましたよね。
スポーツブランドのアイテムでも、そうしたアピールはすっかり当たり前になりました。
でも、それが単なるイメージアップのためのものなのか、それとも本気の取り組みなのか、気になったことはありませんか。
今回はアディダスの公式レポートを読み解きながら、いま企業がどんな現実と向き合っているのかを整理してみます。
現在、アディダスにとってサステナビリティは、単なる社会貢献やボランティアではありません。
欧州を中心に厳しくなっている情報開示のルールにも対応した、経営のど真ん中にあるテーマになっています。
たとえば、環境リスクへの対応が遅れると、企業の財務リスクに直結すると評価される時代になりました。
アディダスは2025年度に向けて、売上や利益をしっかり伸ばしつつ、温室効果ガスの排出量は減らすという目標を掲げています。
経済的な成長と、環境への負荷を下げること。
この二つを切り離して同時に達成することを「デカップリング」と呼びますが、巨大なグローバル企業がこれを実現するのは本当に大変なことです。
ここからは、その具体的な挑戦と、立ちはだかる壁について見ていきましょう。

気候変動への挑戦:脱炭素化と事業成長のジレンマ

企業が気候変動に対してどんなアクションを起こしているかを見るとき、温室効果ガスをどこで減らすかが重要なポイントになります。
アディダスは2050年までに、排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」を目標にしています。
そのプロセスは、決して平坦なものではありません。
自社排出の削減と、サプライチェーン(スコープ3)の厚い壁
企業の排出量は、大きく3つの段階に分けて計算されます。
・自社のオフィスや工場から直接出る排出 ・電力などを購入して使うことで間接的に出る排出 ・材料の調達から製造、輸送、廃棄までにかかわるサプライチェーン全体の排出
アディダスの場合、自社の施設などで使う電力を見直すことで、すでに22%の大幅な削減を達成しています。
ここはコントロールしやすい部分なので、比較的スムーズに進んでいます。
問題は、サプライチェーン全体にかかわる排出です。
実は、アディダスの排出量全体の約87%は、このサプライチェーンから出ています。
そして、この一番大きな部分の削減率は、まだ5%にとどまっているのが現実です。
シューズやウェアを作る工場は世界中にあり、そこでは今でも化石燃料を使ったボイラーがたくさん動いています。
これをすべて電気や再生可能エネルギーに切り替えるには、莫大なコストがかかります。
工場側だけに負担を押し付けるわけにはいかないため、ブランド側がどうやって資金や技術を支援していくかが、アパレル業界全体の大きな課題になっています。
製品イノベーションの可能性

排出量を減らすためには、製品の作り方そのものを変える必要もあります。
新しい素材の開発や、少ないエネルギーで製造できる仕組みづくりですね。
たとえば、靴のパーツを減らして組み立てやすくしたり、接着剤を使わない設計にしたりといった工夫が進められています。
これらは単に環境に優しいだけでなく、製造コストの削減や新しいデザインの誕生にもつながる可能性があります。
制約があるからこそ生まれるイノベーションという視点で見ると、とても面白い分野だと思います。
循環型モデル(サーキュラーエコノミー)への移行

モノを作って売って終わり、という一方通行のビジネスから、資源をぐるぐると回し続けるモデルへの転換も進んでいます。
いわゆるサーキュラーエコノミーと呼ばれる考え方ですね。
バージン素材からの脱却と「服から服へ」の挑戦
アパレル業界では、石油から新しく作るプラスチック素材を減らす動きが加速しています。
アディダスでは2024年時点で、製品に使われるポリエステルの99%が、リサイクル素材に切り替わりました。
これは大きな成果ですが、ここにもまだ課題があります。
現在使われているリサイクルポリエステルの多くは、使い終わったペットボトルから作られています。
これをダウンサイクルと呼ぶこともあり、服になったあとは再びリサイクルするのが難しく、最終的にはゴミになってしまうことが多いのです。
そこで今アディダスが力を入れているのが、「T-REXプロジェクト」と呼ばれる取り組みです。
これは、着なくなった衣類を分解して、再び衣類の原料にする技術です。
ペットボトルに頼らず、服から服への完全なループを作ることが目標です。
ただ、いろんな素材が混ざった服をきれいに分別してリサイクルするには、まだ技術的な壁や高いコストの問題が残っています。
日本市場におけるローカライゼーション(二子玉川などの回収網)

資源を循環させるためには、私たち消費者が「着なくなった服をどうやって手放すか」がとても重要になります。
日本国内でも、そのための具体的な仕組みが動き出しています。
現在、全国14の主要な直営店には「コレクターズ・ボックス」という衣料品回収ボックスが設置されています。
・アディダス以外のブランドの服でも回収可能 ・スポーツウェアだけでなく日常着でも可能 ・洗濯済みで、極端な汚れや破れがないものが対象
このように、かなりハードルを下げて回収を受け付けています。
さらに面白いのが、東京の二子玉川エリアで行われている取り組みです。
店舗で回収した服をただリサイクル工場に送るだけでなく、地域のパートナーと連携して、リユース(再利用)や別のアート作品へのリメイクなど、循環の行き先を選べる仕組みを作っています。
グローバルな目標を、それぞれの地域に合った形で落とし込む。
こうしたローカライゼーションの視点は、これからのサステナビリティに欠かせない要素になりそうです。
サプライチェーンに潜む労働環境と人権リスク

環境問題と並んで、社会面にあたる労働環境や人権の保護も、企業にとって逃げられない課題です。
私たちが安くおしゃれな服を買える裏側で、途上国の工場で働く人たちが過酷な環境に置かれていないか。
アディダスは、世界中のサプライヤーに対して厳格な労働基準を設け、独自の評価システムで定期的にチェックを行っています。
公式レポートによれば、大部分の工場がこの高い基準を満たしているとされています。
しかし、数十万人規模の労働者が関わる巨大なサプライチェーンを完全に管理するのは、本当に難しいことです。
過去のパンデミックの際には、工場の休業によって労働者への賃金未払いが起きたと指摘されたこともありました。
また、女性が多く働く工場において、ジェンダー間の賃金格差がどれくらいあるのか、正確なデータを集めることすら壁にぶつかっているという現実も報告されています。
完璧だと言うのではなく、こうした構造的な課題やデータの空白を正直に公開し、改善に向かっている姿勢を評価することが、企業を見るうえで大切なのかもしれません。
アニマルウェルフェア:カンガルーレザー廃止の背景

スポーツシューズの歴史を語るうえで、少し前まで当たり前だった素材が見直されています。
その代表例が、サッカーのスパイクなどで長く使われてきたカンガルーレザーです。
柔らかくて足に馴染みやすいという理由で、名作と呼ばれるシューズにも多く使われてきました。
しかしアディダスは、2025年中にこのカンガルーレザーを使った製品の生産を完全に終了すると発表しました。
これにはいくつかの背景があります。
・動物保護団体からの強い抗議の声 ・アメリカのいくつかの州などで進む販売規制の波 ・本革に匹敵する、あるいは超える機能を持つ人工素材の開発成功
動物福祉(アニマルウェルフェア)という倫理的な理由だけでなく、法的な規制による経営リスクを回避するという現実的な判断も働いています。
同時に、技術の進歩によって「もう本革に頼らなくても最高のパフォーマンスを出せる」という自信がついたからこその決断だと言えます。
長く愛されてきた伝統的な素材を手放すことは、ブランドにとっても大きなパラダイムシフトです。
透明性が問われる時代:グリーンウォッシュ訴訟が投げかけるもの

企業が環境への取り組みをアピールするとき、それが誇張されたり、実態と違っていたりすることを「グリーンウォッシュ」と呼びます。
今、このグリーンウォッシュに対する監視の目は、世界中で非常に厳しくなっています。
アディダスも例外ではありません。
過去にドイツの環境NGOから、広告の表現を巡って訴訟を起こされたことがあります。
問題になったのは「気候中立」という曖昧な言葉の使い方でした。
自社の努力で排出量を減らしたのか、それともお金を払って植林活動などのクレジット(カーボンオフセット)を買い、計算上で相殺しただけなのか。
その具体的な内訳や削減計画を消費者に明確に示さなければ、法的なリスクに直結するという厳しい判決が下されました。
良いことをしているとアピールするだけでなく、その根拠となるデータを誰もが確認できる状態で公開する。
「ラジカルな透明性」と呼ばれるこの姿勢を持たない企業は、これからの時代、投資家からも消費者からも選ばれなくなっていく可能性があります。
よくある質問(FAQ)
記事の内容に関連して、よくある疑問をいくつかまとめました。
Q. アディダスの服や靴はすべてリサイクル素材でできているのですか。
A. すべてではありませんが、現在製品に使用されるポリエステルの99%は、第三者機関の認証を受けたリサイクル素材に切り替わっています。今後はペットボトル由来から、衣類から衣類へ再生する技術への移行を進めている段階です。
Q. 着なくなったアディダスの服はどうすればいいですか。
A. 日本国内の主要直営店に設置された回収ボックスに持っていくことができます。洗濯済みであれば他社ブランドの服も回収可能です。二子玉川などの一部店舗では、地域と連携した独自の回収・循環システムも導入されています。
Q. サッカースパイクのカンガルーレザーは今後どうなるのですか。
A. アニマルウェルフェア(動物福祉)や各国の規制強化の観点から、2025年中にカンガルーレザーを含む製品の生産を完全に終了することが発表されています。今後は新しい人工素材などに置き換わっていきます。
Q. サプライチェーンの環境対策が進まないのはなぜですか。
A. 世界中の工場で使われているボイラーなどをすべて電気や再生可能エネルギーに切り替えるには、莫大な設備投資が必要だからです。工場単独では負担しきれないため、ブランド側からの支援の仕組みづくりが急がれています。
Q. 買い物をするとき、グリーンウォッシュを見抜くにはどうすればいいですか。
A. 「エコ」「地球にやさしい」といった雰囲気だけの言葉ではなく、具体的な数値やデータ、第三者の認証マークがあるかを確認することが第一歩です。タグのQRコードなどから、企業の公開している情報を少しだけのぞいてみるのもおすすめです。
まとめ:私たち消費者が企業とどう向き合うか
アディダスのサステナビリティ戦略は非常に野心的です。
しかしその裏には、サプライチェーンの脱炭素化の難しさや、服から服へのリサイクル技術の壁など、理想と現実のギャップも存在しています。
これほど巨大なグローバル企業のシステムを変えることは、一朝一夕にはいきません。
大切なのは、企業がその難しさから逃げずにルールを作り、情報を透明にして発信し続けているかどうかです。
完璧な企業は存在しません。
だからこそ、私たち消費者も「このブランドは環境にいいらしい」と表面だけで判断するのではなく、データや実態に基づいてフラットに見ていく視点が必要です。
次に新しい靴や服を買うとき、少しだけタグの裏側や、企業がどんなアクションを起こしているのかを気にかけてみてください。
私たちのそんな小さな関心の積み重ねが、企業を動かし、社会のルールを変えていく力になるはずです。

