ただし“史実の建国日”とは断定できないため、正式名称は「建国記念“の”日」になった
神武東征の「撤退→迂回→勝ち筋を作る」は、現代の戦略(ピボット)としても学べる
こんにちは。今日はちょっと「暦(こよみ)」と「戦略」の話をさせてください。
2月11日って、一番寒い時期ですよね。
なんでこんな中途半端な時期が祝日なんだろう? と思ったことはありませんか。
実はこの日付、適当に決められたわけじゃありません。
そこには、明治時代の理系エリートたちが挑んだ「天文学的な計算」と、神話の時代から続く「生存戦略」が隠されています。
今回は、男子の知的好奇心をくすぐる「建国記念の日」の謎解きをしていきましょう。

暦のミステリー:なぜ「2月11日」が選ばれたのか?
まず、一番の謎である「日付」についてです。
実はこの日、明治時代に行われた、国家レベルの「改暦プロジェクト」によって導き出された数字なんです。
旧暦から新暦へ、明治の改暦プロジェクト
明治時代、日本は世界に合わせてカレンダーを大きく変えました。
それまで使っていた「太陰太陽暦(旧暦)」から、現在私たちが使っている「グレゴリオ暦(新暦)」への移行です。
このとき、日本の歴史のスタート地点をどこにするか? という議論が起きました。
基準になったのは、歴史書『日本書紀』に書かれている記述です。
そこには、初代・神武天皇が即位した日がこう書かれています。
「辛酉(かのととり)年、春正月、庚辰(かのえたつ)朔(ついたち)」
これを現代の言葉にすると、「辛酉の年の1月1日」となります。
でも、旧暦の1月1日は、今のカレンダーだと季節がズレてしまいますよね。
そこで、当時の学者たちが本気で計算を始めたんです。
紀元前660年と「ユリウス暦」の計算式
ここからが、理系男子にはたまらないポイントです。
彼らは、神武天皇が即位したとされる年を「紀元前660年」と設定しました。
そこから、太陽の動きや閏(うるう)年を考慮して、緻密な計算を行います。
当時の計算プロセスをざっくり言うと、こんな感じです。
- まず、当時の西洋で使われていた「ユリウス暦」に換算する。
- 計算の結果、「紀元前660年2月18日」という数字が出る。
- そこからさらに、現在の「グレゴリオ暦」とのズレを修正する。
- その結果、「2月11日」という答えが導き出された。
すごくないですか?
単なる神話の日付を、天文学と数学を使って「現代のカレンダー」に落とし込んだわけです。
つまり2月11日は、「数千年の時を超えて、正確に時を刻んできた」という、国家としての継続性を証明するための計算結果だったんですね。
神話に読むリーダーシップ:45歳からの「神武東征」
次に、この日の主役である「神武天皇」について見ていきましょう。
神話の登場人物というと、超人的なパワーで無双するイメージがあるかもしれません。
でも、神武天皇の物語はもっと泥臭くて、リアルな「起業ストーリー」なんです。
安定を捨てた「東への挑戦」と起業家精神
神武天皇が「国づくり」の旅に出たのは、なんと45歳のとき。
現代で言えば、働き盛りのミドル世代です。
当時、彼は九州の宮崎(日向)にいました。
そこそこ安定した地盤があったはずですが、彼はこう考えます。
「もっと東(大和・奈良)に行ったほうが、国をよく治められるんじゃないか?」
そこから、安定を捨てて東へ向かう大移動、いわゆる「神武東征」が始まります。
これ、現代のビジネスで言うところの「地方から中央への進出」や「ミドル世代の起業」そのものですよね。
しかも、すぐには到着しません。
途中の岡山(吉備)などで数年間滞在し、兵糧(食料)や武器をしっかり蓄えています。
ただの勢いだけじゃなく、準備に8年近くかける忍耐強さ。
プロジェクトを成功させるための「段取り力」を感じずにはいられません。

孔舎衛坂の敗北と「太陽を背にする」逆転の戦術
旅のクライマックス、大阪(浪速)での戦いで、神武天皇は最大のピンチを迎えます。
地元の豪族・長髄彦(ナガスネヒコ)との戦いです。
このとき、神武軍は真正面から戦いを挑みましたが、完敗しました。
兄である五瀬命(いつせのみこと)が矢を受けて亡くなってしまうほどのダメージを受けます。
ここで神武天皇が行った分析が、非常に論理的です。
「我々は太陽の神の子孫なのに、太陽に向かって(東に向かって)戦ったから負けたんだ」
これはスピリチュアルな意味だけでなく、戦術的にも理にかなっています。
逆光で眩しくて、敵が見えにくかったわけですね。
そこで彼は、無理に突っ込むのをやめました。
紀伊半島をぐるっと大きく迂回し、背中に太陽を背負う(東から西へ攻める)ルートに変更したんです。
これを「戦略的撤退」や、ビジネス用語でいう「ピボット(方向転換)」と言います。
負けを認めて、すぐに勝てる条件を整える。
この柔軟な思考こそが、リーダーに必要な資質なのかもしれません。

現代カルチャーとリンクする「神の使い」たち
ここからは、現代のアニメやスポーツの話です。
神武天皇の物語には、私たちがよく知っている「鳥」が登場します。

勝利の導き手「八咫烏」とサッカー日本代表
まずは、3本足のカラス「八咫烏(やたがらす)」です。
熊野の険しい山道で迷った神武天皇を、道案内したとされる伝説の鳥です。
これ、どこかで見たことありませんか?
そう、サッカー日本代表のエンブレムです。
ボールをゴールまで導く「勝利への案内人」として、シンボルに採用されています。
神話の時代から、カラスは「ゴールへの導き手」だったんですね。
『鬼滅の刃』と岡田宮、そして「金鵄」の伝説
もう一つ、忘れてはいけないのが「金鵄(きんし)」という金色のトビです。
先ほどの長髄彦とのリベンジマッチのとき。
空から金色のトビが飛んできて、神武天皇の弓の先に止まりました。
その金色の光がまぶしすぎて、敵の軍勢は目がくらんで戦えなくなったといいます。
まるで閃光弾(スタングレネード)のような効果ですね。
この「金鵄」は、かつての日本で武功を上げた人に贈られる「金鵄勲章」の由来にもなっています。
まさに、男子が憧れる「勝利の象徴」です。
また、神武天皇が立ち寄ったとされる福岡の「岡田宮」などは、人気アニメ『鬼滅の刃』ファンの間で聖地として知られています。
主人公たちに指令を伝える「鎹鴉(かすがいがらす)」のモデルも、八咫烏だという説があるんです。
神話の世界が、現代のアニメやマンガの設定に生きていると思うとワクワクしますよね。
男の知的好奇心:「の」の一文字に隠された政治史
ここで少し、大人の雑学を。
2月11日の正式名称は「建国記念日」ではなく、「建国記念の日」です。
なぜ「の」が入るのでしょうか?
なぜ「建国記念日」ではないのか?
実はこれ、国会ですごく揉めた結果なんです。
「歴史的な事実として、本当に2月11日に建国されたのか?」という議論がありました。
神話の日付をそのまま史実とするには、学術的な証拠が足りないという意見があったんですね。
そこで、
- 「建国された日」そのものを祝うのではなく、
- 「建国されたという事実」をお祝いしよう。
という解釈にするために、「の」の一文字を入れました。
この一文字には、歴史学者や政治家たちの激しい議論と、妥協の歴史が詰まっているんです。
ちなみに、1966年に祝日として追加された時点では「日付は政令で定める」という形でした。のちに政令で2月11日が定まり、1967年から実施されています。
世界との比較:イラン革命と同じ日?
ちなみに、世界を見渡すと面白い偶然があります。
同じ2月11日は、イランにおける「イスラム革命記念日」でもあります。
もちろん偶然の一致ですが、世界中で「国のかたちが変わった日」として祝われているのは興味深いですよね。
アメリカの独立記念日(7月4日)のように明確なサインをした日がある国もあれば、日本のように神話と計算から導き出された日を持つ国もある。
国の成り立ちの違いを知るのも、サステナビリティ(持続可能性)を考える上で面白い視点です。
【聖地巡礼】今、訪れるべき「建国の地」
最後に、この物語を感じられるおすすめのスポットを紹介します。
次の休日にでも、ふらっと出かけてみませんか?
奈良・橿原神宮:始まりの地で感じる「気」
まずは奈良県にある「橿原(かしはら)神宮」。
神武天皇が即位したとされる場所です。
広大な敷地と、荘厳な建築は圧巻の一言。
2月11日には「紀元祭」が行われ、独特の熱気に包まれます。
何か新しいことを始めるとき、ここの空気を吸うと背筋が伸びる気がします。

埼玉・武蔵野坐令和神社:伝統とクールジャパンの融合
「奈良は遠いな」という関東の方には、埼玉県の「武蔵野坐令和(むさしのれいわ)神社」がおすすめ。
KADOKAWAが運営する「ところざわサクラタウン」の中にあります。
建築家・隈研吾氏がデザインしたモダンな社殿と、LEDで光る鳥居。
まさに現代版の聖地です。
アニメやマンガといった「クールジャパン」の文化と、神道の伝統が融合していて、現代の日本文化の発信地になっています。
宮崎神宮と「神武さま」
そして、旅の出発点である宮崎県の「宮崎神宮」。
地元では「神武さま」と呼ばれて親しまれています。
ここから長い旅が始まったんだなと思うと、感慨深いものがありますよね。
Q&A:読者の疑問に答えます
ここで、記事を読んでいて疑問に思いそうなポイントをQ&A形式で整理しました。
Q. 神武天皇って本当に実在したの?
A. 歴史学的には、実在したかどうかは議論が分かれています。ただ、重要なのは「実在したか」よりも、「日本人が1000年以上、そう信じて国を形作ってきた」という事実とストーリーそのものです。その物語が今の日本の文化のベースになっていることは間違いありません。
Q. 昔の人はどうやって暦を計算していたの?
A. 太陽の動きや星の位置を観測する技術は、古代から非常に発達していました。明治時代の改暦では、江戸時代までの天文学の蓄積と、西洋の最新の数学を組み合わせて計算を行いました。当時の日本の数学レベルは世界でもトップクラスだったと言われています。
Q. 金鵄(きんし)や八咫烏(やたがらす)は普通の鳥と何が違うの?
A. 神話上の特別な鳥です。八咫烏は足が3本あるとされ、天と地と人を繋ぐ象徴とも言われます。金鵄は金色の光を放つトビで、雷や太陽の化身のようなイメージです。どちらも「天からの助け」を具現化した存在ですね。
まとめ
2月11日は、単なる休日ではありません。
- 天文学的な計算によって導き出された日付。
- 戦略的な撤退とピボットを繰り返した、初代天皇の挑戦の記録。
- そして、現代のアニメやサッカーに繋がるルーツ。
こうして見ると、神話の世界がぐっと身近に感じられませんか?
先人たちが残してくれた「戦略」や「意志」を感じながら、この日を過ごしてみるのも、また一興です。
ぜひ、この話を友人との会話のネタにしてみてくださいね。
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